大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所 昭和53年(行ウ)7号 判決 1980年8月15日

原告 日水政雄

被告 厚生大臣

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五一年一一月二五日付で、社会福祉事業法に基づき、社会福祉法人富山県視覚障害者協会(以下「訴外協会」という。)設立代表者高橋六一郎に対してなした同協会の設立を認可する旨の処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の申立)

主文と同旨。

(本案についての申立)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  行政処分の存在

被告は、昭和五一年一一月二五日、社会福祉事業法に基づき、訴外協会設立代表者高橋六一郎に対して、同協会の設立を認可する旨の処分(以下「本件認可処分」という。)を行つた。

2  本件認可処分の瑕疵

(一) 設立認可申請書の瑕疵

訴外協会の設立認可申請書(以下「本件申請書」という。)の記載内容は、別紙記載のとおりである。発起人設立であれば社会福祉法人設立の趣旨は財源に関する記載をもつてすべきところ、設立認可申請書記載のそれは、そのように記載されていないから法令に基づく設立の趣意とは認められず、又訴外協会は昭和一八年社団法人富山県盲人協会(以下「盲人協会」という。)として発足したものである旨の虚偽の記載がある。

(二) 設立認可申請手続の瑕疵

(1) 盲人協会においては、組織改革とか改名のための手続あるいは社会福祉法人を設立するとの意思決定がなされた事実はなく、又社会福祉事業法附則第一一項の規定は昭和二七年五月三一日を期限とするものであるから、社団法人を改組して社会福祉法人とすることは法律的に不可能である。

(2) 訴外協会設立代表者高橋六一郎を含めて、設立発起人たる七名は正当な権限を有していない。そして盲人協会を組織改革したのであれば、会長名で申請すべきなのに、そうしていない。

(3) 訴外協会は、解散した盲人協会から残余財産の寄附を受けそれを資産として発足するものとされているところ、昭和四九年三月二四日の盲人協会臨時総会における財産寄附の決議は、同議案を提出した理事会が、理事一二名中一一名までも民法六六条によつて表決権を有さない者で構成されており、議案について虚偽の説明をした上、出席会員のほとんどが同条によつて表決権を有さなかつたから、無効である。

(4) 盲人協会の残余財産処分には富山県知事の所管に属する公益法人の設立及び監督に関する規則一四条に基づく知事の許可が効力要件であるのに、訴外協会に財産を寄附する際、知事の許可をえていないから、盲人協会の財産の移動はありえない。

(5) 社会福祉事業法二九条に基づく認可処分は定款の認可であるべきところ、本件認可処分はその設立を認可する旨の処分である。

(三) 添付書類の不備

(1) 申請書に添付された北陸銀行清水町支店の残高証明書は昭和四九年四月一〇日付けのものであり、申請時において、既に発行後二年経過しており、無効である。

(2) 高橋六一郎は民法五七条の規定により、寄附申込みをする代表権を有さず、昭和四九年五月一日付けの寄附申込書は無効である。

(3) 昭和五二年一月一〇日訴外協会に帰属したとする財産は残余財産ではなく、現在係属中の訴訟の判決如何によつては、債務の弁済義務が生ずるものであつて、正確ではない。

(4) 原告は盲人協会に対し債権を有すると主張している者で民法七九条三項にいわゆる知れたる債権者にあたる。従つて同条二項により原告の債権を除斥することはできないから、財産目録中負債合計ゼロの記載は虚偽である。

3  しかるに被告は右の瑕疵を看過して違法に本件認可処分をなしたものであるから、原告は被告に対しその取消を求める。

(本案前の主張に対する答弁)

原告は訴外協会の発起人でもなく又会員でもないが盲人協会の会員である。ところで盲人協会の役員等が、違法に盲人協会の財産を訴外協会の財産にあてて、訴外協会の設立認可申請をして盲人協会に損害を被らせたものであるから原告は本件認可処分の取消を求める訴の利益を有する。

(被告の主張に対する答弁)

被告の本件認可処分が適法になされたとの主張は争う。

二  被告

(本案前の主張)

原告は本件訴えを提起するについて法律上の利益はなく、本件訴えは不適法である。

すなわち本件認可処分は訴外協会の定款をも含めた認可であるが、右定款は社会福祉法人の構成員のみを拘束するものであるところ、原告は訴外協会の会員ではない上、本件認可処分によつて何らその法的利益を侵害されておらず、訴の利益はない。

(請求原因に対する答弁)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、訴外協会の設立認可申請書の記載内容が原告主張のとおりであることは認め、その余は否認する。

3 同3の主張は争う。

(被告の主張)

訴外協会の設立手続には、次のとおり法令に違反した点はないから被告のなした本件認可処分は適法である。

1 社会福祉法人の設立認可申請書に記載すべき事項は、社会福祉事業法施行規則(昭和二六年六月二一日厚生省令第二八号)(以下「規則」という)第一条の二第一項に規定されているとおりであるが、このうち「社会福祉法人設立の趣意」に記載すべき事項については、一般的な形で社会福祉法人設立の趣旨が述べられておれば足りるのであつて、原告主張の財源に関する事項など、具体的に記載すべき事項は、何ら規則に定められていない。原告は、盲人協会が、昭和一八年富山県盲人協会として発足した旨の記載は虚偽であると主張するが、右記載は昭和一八年五月に富山県盲人協会という団体が発足し、これが昭和四〇年八月二六日に民法所定の社団法人格を取得したという趣旨のものであつて、表現が多少不正確であつたとしても、何ら虚偽の記載というに当らない。

2(一) 原告は、訴外協会が社会福祉事業法附則一一項に基づき、盲人協会の組織変更によつて成立したものであるかのように主張するが、盲人協会は、昭和五二年一月一〇日総会の決議により解散し、訴外協会は、右同日設立されたものであり、右附則一一項所定の組織変更が行われたものではない。本件申請書に記載の設立の趣旨は、右事実を記載したに過ぎないものであつて何らかしはない。

(二) 社会福祉法人の設立認可申請人は、社会福祉事業法二九条に定める社会福祉法人を設立しようとする者であつて、設立認可申請書にその氏名及び住所を記載すべきものとされているが、右申請人は設立者又は設立代表者と定められている(規則第一条の二第一項)。そして訴外協会の設立にあたつては、高橋六一郎、山下玉吉、酒井繁二、米島元吉、本郷幸信、伊勢由雄、浅地典の七名が発起人となり、右発起人らは、昭和四九年五月一日訴外協会設立代表者として、高橋六一郎に設立の認可申請に関する一切の手続きを行なう権限を委任したものである。従つて、右設立代表者高橋六一郎は訴外協会の設立認可申請についての正当な権限を有するものであつて、右高橋六一郎が申請人として訴外協会の設立認可申請をしたことに何ら違法はない。原告は、組織改革であれば、現会長名で申請すべきであると主張するが、訴外協会が組織変更によつて成立した法人でないことは、さきに述べた通りである。

(三) 原告は、盲人協会の臨時総会における財産寄附の決議の手続にかしがあつたと主張するが、右決議は、昭和四九年三月二四日開催された盲人協会の臨時総会において、同協会の定款三二条の規定に基づき適法に決議されたものであつて、右総会における議案の説明に何ら虚偽がなく、また財産寄附の決議は、訴外協会に対する財産の寄附であつて訴外協会の特定の社員に対するものではないので民法六六条に該当しない。

(四) 原告は、盲人協会の残余財産処分には、富山県知事の所管に属する公益法人の設立及び監督に関する規則第一四条に基づく知事の許可が効力要件であると主張するが、右知事の許可は、民法七二条第二項の規定による解散した法人の残余財産の帰属についての許可であり、盲人協会の訴外協会に対する財産寄附行為は、右規則一四条の残余財産の処分に当らない。

(五) 被告は、訴外協会の社会福祉法人設立認可申請に対し、右申請にかかる社会福祉法人の資産が社会福祉事業法二四条の要件に該当しているか否か、定款の内容及び設立の手続が法令の規定に違反していないかどうか等を審査のうえ、同法二九条一項の規定に基づき認可したものであつて、右認可は当然に定款を含めて認可したものである。

3(一) 社会福祉法人の設立認可申請書には、設立当初において当該法人に帰属すべき財産の財産目録及び当該財産が当該法人に確実に帰属することを明らかにすることができる書類を添付しなければならない(規則第一条の二第二項)ところ、訴外協会の設立認可申請書には、次の各書類が添付されていた

(1) 昭和五一年三月二二日現在における設立当初の財産目録

(2) 設立当初の財産が、当該法人に確実に帰属することが明らかにすることができる書類として、

<1> 盲人協会会長から訴外協会設立代表者に対する昭和四九年五月一日付の寄附申込書

<2> 盲人協会の定款

<3> 盲人協会の昭和四九年三月二四日開催の臨時総会議事録

<4> 盲人協会の昭和五一年三月一五日現在の財産目録

<5> 右<4>の明細書としての富山市新富町二丁目弐番参、家屋番号弐番参の建物登記簿謄本及び不動産鑑定士・税理士朝倉昭治作成の昭和四九年五月一日付評価書

<6> 右同明細書としての北陸銀行清水町支店長成木収三作成の昭和四九年四月一一日付残高証明書

原告は、北陸銀行清水支店の残高証明の日付は、申請時において既に発行後二か年を経過した無効のものであると主張するが、訴外協会に帰属すべき財産が同協会に確実に帰属することを明らかにする書類としては、前記(2)の<1>、<2>及び<3>の書類が添付されており、盲人協会から新たに設立される訴外協会への寄附申込が既に確実になされることになつていたものであつて、銀行の残高証明書は法令上絶対的に必要な添付書類でなく、従つて原告主張の残高証明書の効力が本件認可処分の効力に影響を及ぼすものではない。

(二) 原告は、高橋六一郎は寄附申込をする代表権を有しないので、昭和四九年五月一日付の寄附申込書は無効であると主張するが、右寄附申込は、高橋六一郎が盲人協会の代表者として行つたもので個人として行つたものではないので、民法五七条に該当しない。

(三) 原告は、訴外協会に帰属したとする財産は、係属中の訴訟の結果に左右されるものであると主張するが、右協会に対する盲人協会の財産寄附行為は適法に行われているので、その余のいかなる事項にも影響を受けるものではない。

(四) 原告は、法人に対し債権を主張する者の債権は、民法七九条二項により除斥することができないとして、財産目録中の負債合計零の記載は虚偽であると主張するが、盲人協会の財産目録は同協会の解散前におけるものであつて、民法七九条二項の債権の除斥と全く関係がない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。ところで社会福祉事業法三〇条によれば、厚生大臣は社会福祉法人の定款の認可をなすべきところ、本件においては、設立の認可をしているが、その点はさておき、原告適格の有無につき判断する。行政処分の取消の訴は、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるのであり(行政事件訴訟法九条)、ここにいう「処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により直接権利ないし法律上の利益を侵害され、右処分を取り消すことによつてその侵害が除去され権利ないし法律上の利益を回復しうる地位にある者をいうものと解すべきである。したがつて、当該処分によつて何ら権利ないし法律上の利益を侵害されない者は右処分の取消しを求める法律上の利益を有しない。

二  成立に争いのない乙第六号証、乙第一一号証の一によれば、盲人協会の昭和四九年三月二四日の臨時総会において、新法人に対する財産寄附決議がなされ、これに基づき、同年五月一日、盲人協会から訴外協会設立代表者宛に訴外協会の設立認可を条件とする寄附申込がなされた事実が認められる。ところで社会福祉事業法三〇条の定款の認可処分は、当該申請にかかる社会福祉法人に権利を付与する性質の行為ではなく、右社会福祉法人に法人格を付与する前提としてなされる認可処分にすぎない。従つて、本件認可処分によつて訴外協会の設立発起人でもなく訴外協会の会員でもない原告(この点は原告において自認するところである。)の権利又は法律上の利益が侵害されたものとはとうてい認められない。そして本件のように盲人協会から訴外協会に対する財産の寄附申込が、本件認可処分の存在を条件とし、盲人協会の財産が訴外協会に帰属したとしてもそれは単に盲人協会の財産寄附決議及びそれに基づく盲人協会からの寄附申込による効果であり、本件認可処分に基づく効果ではない。従つて原告が盲人協会の会員であつたからといつて本件認可処分により原告の権利あるいは法律上の利益が侵害されたものとは認められない。

三  従つて原告は本件認可処分の取消しを求める法律上の利益を有しないから、原告の本件訴えは不適法であつて却下を免れず、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 寺崎次郎 宮城雅之 大工強)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例